"最後に、これまで「ポスト・インターネット」という言葉を使ってきたが、インターネットは終わったわけではない。けれど、それはオルソンやマクヒューが指摘するように特別なものではなくなりつつある。インターネットでの行為は現実とは異なるにも関わらず、わたしたちは、そのようなことは考えず「現実」の続きとして受け入れて、ツイートし続け、友達を作ることに慣れていっている。しかしこのプロセスは、インターネットが「オブジェクトではないオブジェクト」というキメラ的な何かを作り出しているように、ネット上での行為や認識がヒトをヒトではない別の何かにしていくものである。それは、ヒト中心の考えを改めさせるということである。ヒトとインターネットは互いが組み合わさることではじめて成立する行為と認識(例えば、Twitterの140字以内のつぶやきという行為、ニコニコ動画における「擬似同期」という認識)を作りあげていっている。ヒトを中心とした世界の仕組みから、ヒトとインターネットとが共にあり、どちらが中心であるのかがわからない世界がひろがりはじめている。そのなかで、ヒトはヒトでありながらも、ヒトではない何かになろうとしている。その何かが何なのかはまだわからない。だからこそ、インターネットに対する慣れのプロセスに亀裂を入れ、「オブジェクトではないオブジェクト」の生成や脱ヒト化を示すことで、そこにいままでとは異なるかたちで生じつつある新しい質感を見出さなければならない。そして、その新しい質感から「ポスト・インターネット」という現実とネットとが入り混じった世界のリアリティを改めて認識することが必要なのである。"
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