"ClickイベントをaddEventListenerしている場合じゃない"
— (6) ノンタッチUI時代とフロントエンドエンジニア (Using emotiv)
"橋下氏は3時間いっさいブレない。内容も「みんなしっかりしろ」の一言。香山さんは単純にそれを怖いと思っているだけだし、薬師院さんの批判内容も、要は「あんたのいうことキツいんすよ、大阪はそんながんばれませんわ……」。だから論理ではないが、この種の反応はなかなか解除できない。"
— Twitter / @hazuma
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これが日本の縮図で、けっきょく、「ついてゆけないひと」というのは「決定できないひと」のことなんだ。
決定するための判断軸が多すぎて、しぼりこめないのだ。
だから、決定するひとが現れると、「保証」を要求する。「保証」がないと前に進めない人間なんだ。
橋下市長があたらしいことを打ち出すだけで恐怖し安全かどうか担保をしろという彼らこそ「モンスター」にちがいない。
その許容範囲のひくいひとたちが、まいとし首相を交代させているのが日本だろう。
政治の問題は国民の問題ではないか。
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— 橋下市長に「ついてゆけない」ひとたち。 - 所長サンの哲学的投資生活 ( フィリピン攻略篇 )
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ビジネス脳がないと、橋下市長の行動則はたぶん理解しにくいのではないのか。
ビジネスをやってる人間からすると、橋下市長のやってることは至ってふつーのことだ。
・カスタマーへフォーカスする。
・細部をつめないで前にすすめる。
・やりながら最適化する。
・手法に執着しない。
・状況は変化してあたりまえ。
・言ってることも変化してあたりまえ。
・やってることも変化してあたりまえ。
・目標達成の最短行動をえらぶ。
・ぜんぶをコンセンサスとる必要はない。
・決定してから手法をかんがえる。
こーんなのは、今を生き抜くうえであたりまえのことで、
薬師院やら香山やらはそういう脳みそをつかってないから判らない。
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— 橋下市長に「ついてゆけない」ひとたち。 - 所長サンの哲学的投資生活 ( フィリピン攻略篇 )
"ぼくの予想としては、10年後には「本」そのものは基本的にすべて無料になる。そして会員は、本をガイドしてもらうというサーヴィスに対して定額の会費を払う。映画の世界ではすでにこれが起きている。Netflixの会員システムが登場して、映画を1作品ごとに買うという行為はなくなりつつある。このようになっていくと、生身の人間の「ガイド」の存在価値もあがるだろう。アルゴリズムよりすぐれたガイドが欲しければ人間を雇えばいいわけだ。今後、アルゴリズムと人間のキュレーションをどう融合していくか、多数の実験が行われていくだろうとぼくは見ている。その例のひとつがGoogle+だろう。"
— 「本」は物体のことではない。それは持続して展開される論点やナラティヴだ – 読むが変わる from 『WIRED』VOL.2 « WIRED.jp 世界最強の「テクノ」ジャーナリズム
"アート本や写真集はいまもフィジカルで買い続けているけれど、テキストベースの本はKindleで読むことが多くなった。読書のし方も変わった。ぼくは読み物とインタラクトしたい動的なタイプの読者なんだ。書き込みをしたいし、カット&ペーストしたいし、読んだものを「シェア」したい。タブレットの登場によって、こうしたことがより簡単になった。つまり読書は「ソーシャルな行為」になったと言える。"
— 「本」は物体のことではない。それは持続して展開される論点やナラティヴだ – 読むが変わる from 『WIRED』VOL.2 « WIRED.jp 世界最強の「テクノ」ジャーナリズム
"欧米型のシステムでは、実際のセキュリティーや不正の問題を的確に判断し、改善を行えます。なのでセキュリティーに対するコストは対応コストです。ところが、日本では予防コストとなり、効率が悪くなってしまいます。"
— Paypal新少額決済サービスMicropaymentsの衝撃とは | Over the Vertex of Technology by 朝山貴生
"風呂の中にバブを放り投げたと思ってたら「卵わかめスープ」だった死にたい…"
— Twitter / @itameshi_yutori
"最後に、これまで「ポスト・インターネット」という言葉を使ってきたが、インターネットは終わったわけではない。けれど、それはオルソンやマクヒューが指摘するように特別なものではなくなりつつある。インターネットでの行為は現実とは異なるにも関わらず、わたしたちは、そのようなことは考えず「現実」の続きとして受け入れて、ツイートし続け、友達を作ることに慣れていっている。しかしこのプロセスは、インターネットが「オブジェクトではないオブジェクト」というキメラ的な何かを作り出しているように、ネット上での行為や認識がヒトをヒトではない別の何かにしていくものである。それは、ヒト中心の考えを改めさせるということである。ヒトとインターネットは互いが組み合わさることではじめて成立する行為と認識(例えば、Twitterの140字以内のつぶやきという行為、ニコニコ動画における「擬似同期」という認識)を作りあげていっている。ヒトを中心とした世界の仕組みから、ヒトとインターネットとが共にあり、どちらが中心であるのかがわからない世界がひろがりはじめている。そのなかで、ヒトはヒトでありながらも、ヒトではない何かになろうとしている。その何かが何なのかはまだわからない。だからこそ、インターネットに対する慣れのプロセスに亀裂を入れ、「オブジェクトではないオブジェクト」の生成や脱ヒト化を示すことで、そこにいままでとは異なるかたちで生じつつある新しい質感を見出さなければならない。そして、その新しい質感から「ポスト・インターネット」という現実とネットとが入り混じった世界のリアリティを改めて認識することが必要なのである。"
— ICC ONLINE | [インターネット アート これから]――ポスト・インターネットのリアリティ | 「ポスト・インターネット」の質感
"彼らの言葉を理解するには「インターフェイス美学」を提唱するセーレン・ポルド(Søren POLD)が、コンピュータが作り出すイメージはメディアでもあり道具でもあるというキメラ的(複合的/多義的)な性質をもっていると指摘していることが関係しているかもしれない(★9)。つまり、コンピュータやインターネット以前は「オブジェクトはオブジェクト」「イメージはイメージ」と「AはAである」としか言えなかったものが、それらの登場以後、ローングランの(実際の物体として存在しえない)「オブジェクトではないオブジェクト」や、ヴィアーカントが示す「オブジェクトでもありイメージでもあるイメージ・オブジェクト」といったこれまで矛盾するとされていた関係や要素がさまざまに融合して存在するようになっていると考えられる。このことからポスト・インターネット時代のアートは、今までは考えることができないような要素が結びついた事象が溢れている世界を対象としているといえるだろう。"
— ICC ONLINE | [インターネット アート これから]――ポスト・インターネットのリアリティ | 「ポスト・インターネット」の質感
" 要するに、テクノロジ市場はもはや、テクノロジ愛好家だけのものではなくなっているのが現実なのだ。Googleやサムスン、ASUS、Acer、東芝といった企業は、1980年代や1990年代のIBM互換機メーカーのように振る舞ったり、テクノロジに造詣が深い人向けのコンピュータを製造していると考えるのをやめる必要がある。今日の市場はずっと大きなものになっており、ギガヘルツやメガピクセルといったことなどどうでもいいと考える人々が大勢を占めているのである。"
— 「iPad」や「Kindle Fire」を超えるタブレットが登場しない理由 - (page 2) - CNET Japan
" はっきりさせておくが、わたしはGoogleとMicrosoftが、AppleやAmazonで得られるアプリ・本・音楽・動画のサービス体験を、そのまま模倣すべきだと言っているわけではない。むしろ彼らは、自分たちが現在得意とするサービスに焦点を当てるべきだ。Googleであればクラウドアプリだし、Microsoftならエンタープライズだ。そういった点こそ、GoogleとMicrosoftがタブレット体験を差別化すべきところであって、mini-HDMIポートでも、キーボードドックでもないし、自分たちのタブレットがiPadよりも本物のPCに近いと主張することでもない。"
— 「iPad」や「Kindle Fire」を超えるタブレットが登場しない理由 - (page 4) - CNET Japan