①領土
②国民
③主権
このうち領土と国民はなんとかなったとしても、主権の獲得はきわめて困難だ。主権は近代国家のインナーサークルの既得権で、アメリカなどの大国が承認し、国連の議決を経て、インナーサークルの正規メンバーにならなければ手に入らないのだ。"
— 【関西電力】 原発依存が招いた過去最大の赤字 火力増強“後回し”のツケが表面化|数字で会社を読む|ダイヤモンド・オンライン
都立高教材にマッカーサー証言1
2012-05-22 10:37:20 | 教育
歴史教科書の改善とは別の話だが、マッカーサーが戦後、日本が戦争を始めた目的は「主に安全保障のためだった」と述べた米議会での証言が、都立高校独自の地理歴史教材の平成24年版に掲載された。公教育の教材にマッカーサー証言が取り上げるのは初めてである。極めて重要な歴史的証言ゆえ、これを切っ掛けに、全国的に教材に掲載されるよう希望する。
マッカーサーは、連合国軍総司令部(GHQ)最高司令官として、大東亜戦争(太平洋戦争)で日本に勝利した。GHQが日本の占領統治を行っていた昭和25年(1950)年6月、朝鮮戦争が勃発した。マッカーサーは連合国軍(国連軍)総司令官として、北朝鮮軍・中国軍と戦った。戦況は初め北朝鮮軍が圧倒的に優勢で、韓国・連合国軍は釜山付近まで追い詰められた。しかし、9月連合国軍は9月仁川上陸に成功して反撃を開始。38度線を突破して、中国国境付近まで進攻した。ところが11月ソ連の支援を受けた中国が大軍を送って、北朝鮮軍を支援した。人海戦術で翌26年(1951)春には、38度線まで押し返された。マッカーサーは、中国本土への核攻撃を主張した。戦争の拡大を恐れたトルーマン大統領は、4月マッカーサーを解任した。
アメリカに帰国したマッカーサーは、昭和26年(1951)5 月3 日、米国議会上院の軍事外交合同委員会の聴聞会で、質問に答え、次のように証言した。
「日本には、蚕を除いては、国産の資源はほとんど何もありません。彼らには、綿がなく、羊毛がなく、石油製品がなく、錫がなく、ゴムがなく、その他にも多くの資源が欠乏しています。それらすべてのものは、アジア海域に存在していたのです。これらの供給が断たれた場合には、日本では、1,000人から1,200万人の失業者が生まれるという恐怖感がありました。したがって、彼らが戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのことだったのです」と。
この証言は、大東亜戦争(太平洋戦争)の歴史的評価に係る極めて重要なものである。そこで、英語の原文と日本語訳を次に掲載する。
●米国議会上院軍事外交合同委員会で行われた聴聞会の記録より
<原文>
Strategy Against Japan In World War II
Senator Hickenlooper.:Question No. 5: Isn’t your proposal for sea and air blockade of Red China the same strategy by which Americans achieved victory over the Japanese in the Pacific?
General MacArthur.:Yes, sir. In the Pacific we bypassed them. We closed in. You must understand that Japan had an enormous population of nearly 80 million people, crowded into 4 islands. It was about half a farm population. The other half was engaged in industry. Potentially the labor pool in Japan, both in quantity and quality, is as good as anything that I have ever known. Some place down the line they have discovered what you might call the dignity of labor, that men are happier when they are working and constructing than when they are idling. This enormous capacity for work meant that they had to have something to work on. They built the factories, they had the labor, but they didn’t have the basic materials.
There is practically nothing indigenous to Japan except the silkworm. They lack cotton, they lack wool, they lack petroleum products, they lack tin, they lack rubber, they lack a great many other things, all of which was in the Asiatic basin. They feared that if those supplies were cut off, there would be 10 to 12 million people unoccupied in Japan. Their purpose, therefore, in going to war was largely dictated by security.
<和訳>
第二次世界大戦における対日戦略
ヒッケンルーパー上院議員「5番目の質問です。赤色中国に関する海と空からの封鎖という貴官の提案は、太平洋において米国が日本に勝利を収めた際の戦略と同じではありませんか。」
マッカーサー将軍「そうです。太平洋では、米国は日本を迂回しました。そして閉じ込めたのです。日本が抱える8,000万人に近い膨大な人口は、四つの島に詰め込まれていたということをご理解いただく必要があります。そのおよそ半分は農業人口であり、残りの半分は工業に従事していました。潜在的に、日本における予備労働力は、量的にも質的にも、私が知る限りどこにも劣らぬ優れたものです。いつの頃からか、彼らは、労働の尊厳と称すべきものを発見しました。つまり、人間は、何もしないでいるときよりも、働いて何かを作っているときの方が幸せだということを発見したのです。このように膨大な労働能力が存在するということは、彼らには、何か働くための対象が必要なことを意味しました。彼らは、工場を建設し、労働力を抱えていましたが、基本資材を保有していませんでした。
日本には蚕を除いては、国産の資源はほとんど何もありません。彼らには、綿がなく、羊毛がなく、石油製品がなく、錫がなく、ゴムがなく、その他にも多くの資源が欠乏しています。それらすべてのものは、アジア海域に存在していたのです。これらの供給が断たれた場合には、日本では、1,000万人から1,200万人の失業者が生まれるという恐怖感がありました。したがって、彼らが戦争を始めた目的は、主として安全保障上の必要に迫られてのことだったのです」
次回に続く。
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都立高教材にマッカーサー証言2
2012-05-23 09:03:34 | 教育
先回掲載したマッカーサーの証言は、日本が戦争を始めたのは、主として安全保障のためだったという見解を明らかにしたものである。マッカーサーは連合国軍総司令部最高司令官として日本と戦った。また、彼の権限を持って東京裁判が開廷された。東京裁判では、日本が戦った戦争は世界征服を目的とした侵略戦争と断定され、日本の国家指導者は戦争犯罪人として断罪された。だが、そのマッカーサーは戦後、自分の見解を改め、日本が行った戦争は、大部分が自存自衛のための戦争であったという見方を、米国議会で公言したのである。連合国軍の最高指揮官だった者の証言として、その意味は極めて重い。
米国議会での証言の前年、昭和25年(1950)10月、マッカーサーは北太平洋西部のウェーク島でトルーマン大統領と会見し、「東京裁判は誤りだった」と告白したとも伝えられる。
マッカーサーの見解の変化は、彼が朝鮮戦争で指揮を執り、北朝鮮軍・中国軍と戦って苦戦し、朝鮮半島を守るためには、背後の満州をも押さえねばならないこと、そしてソ連を中心とする強大な共産主義勢力と戦わねばならないとことを、体験によって知ったことによるだろう。その体験によって、戦前の東アジアにおける日本の立場を理解できるようになったのだろう。こうした見方を明確に打ち出し、マッカーサー証言の重大性を世に知らしめたのは、上智大学名誉教授の渡部昇一氏である。
日本人は、今なお東京裁判史観に呪縛されている。その呪縛を解くには、マッカーサー証言を理解し、その重大性を知ることが、近道である。渡部氏は、私が関係している団体が主催した講演会で講演した際、NHKがマッカーサー証言をテレビの1時間番組で全国放送すれば、日本人の歴史観を一気に変えることができると述べた。これはよい提案である。NHKの関係者は、ぜひその特集番組を実現してもらいたい。また教育の場では、高校の副教材ではなく、教科書そのものにマッカーサー証言を掲載し、青少年に大東亜戦争(太平洋戦争)について、複眼的な見方を教えることも必要である。まずは副教材への掲載を全国に広げ、次は教科書への掲載を進めたい。
ところで、これはあまり指摘されないことだが、マッカーサーは、日本が戦争を始めたのは主に安全保障のためだと証言した日、すなわち昭和26年(1951)5 月3 日に、「赤色中国に関する海と空からの封鎖」を提案したマッカーサーの作戦について、米国が日本に勝利を収めた際の戦略と同じではないか、と質問されて、回答したものだった。
当時、米国はアジアに出現した共産中国という新たな敵と戦っていた。マッカーサーは、人民解放軍と戦い、その手強さを感じた。彼が、「太平洋において米国が過去百年間に犯した最大の政治的過ち」は「共産主義者を中国において強大にさせたことだ」という考えを、上院軍事外交合同委で披歴したことは、重要である。特に「過去百年間」と言っていることに注意したい。アメリカのペリー提督が黒船で日本に来航したのは、1853年。ほぼそれ以降のことである。マッカーサーは、アメリカのアジア太平洋政策が誤っており、その結果、シナの共産化を許してしまったと見ていたわけである。
フランクリン・ルーズベルトを始め、アメリカの歴代指導者には、シナに親近感を持ち、共産主義に同調する者が少なくなかった。この間、東アジアにおける共産主義の侵入・伸展を防ぐために、苦心していたのが日本だった。わが国は天皇を国の中心と頂く国家であり、皇室制度を破壊しようとする共産主義を絶対に駆逐しなければならなかった。わが国を敵視し、決戦へと引き込んだFDRは、こうした日本の立場と共産主義の脅威について、全く理解がなかった。FDRはその甘さ、軽率さをスターリンに利用された。そのため日米は矛を交えることとなった。アメリカが叩いた日本が敗退すると、その空隙を突いて、ソ連・中国が侵出した。共産主義がアジアで大きく勢力を広げ、アメリカ自身の脅威となったのは、アメリカのアジア太平洋政策の誤りによっている。マッカーサーの証言は、日本においてだけでなく、アメリカにおいても再評価し、次世代教育に生かされるべきものである。
以下は関連する報道記事。
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●産経新聞 平成24年3月30日
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120330/edc12033008120003-n1.htm
「日本は自衛戦争」マッカーサー証言 都立高教材に掲載 贖罪史観に一石
2012.3.30 08:11
(略)昭和の戦争での日本を「侵略国家だった」と断罪した東京裁判に沿う歴史観は、「日本国民は…政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」で始まる憲法前文にも反映され、「軍隊を持たず」という国際社会でも異質な国家体制の前提となってきた。歴史教育は「贖罪(しょくざい)史観」一辺倒となり、子供たちの愛国心を育んでこなかった。その歴史観が絶対ではないことを示すマッカーサー証言の公教育での教材化は、戦後日本の在り方に一石を投じそうだ。
証言は、朝鮮戦争で国連軍やGHQの司令官職を解任されたマッカーサーが1951年5月3日、米上院軍事外交合同委員会の公聴会に出席し、朝鮮戦争に介入した中国への対処に関する質疑の中で言及。連合国側の経済封鎖で追い詰められた日本が、「主に自衛(安全保障)上の理由から、戦争に走った」と述べた。
都の教材は、この部分の証言を英文のまま掲載し、《この戦争を日本が安全上の必要に迫られて起こしたととらえる意見もある》としている。
教材は、江戸時代以降の日本の歴史を、東京の歩みとともに紹介する『江戸から東京へ』。都教委が都立高校の全生徒に平成23年度から配布している。都民の意見をもとに改訂した24年度版は、全新入生約4万3千人に配布する予定。
『江戸から東京へ』に掲載されたマッカーサー証言については、月刊「正論」5月号(3月31日発売)が詳しく紹介している。
渡部昇一・上智大学名誉教授の話「連合国から東京裁判の全権を委任されたマッカーサー自身が米議会で『日本の自衛戦だった』という趣旨の証言をしたことは、村山談話に象徴されるように東京裁判を背負ったままの日本にとって“超重大”であり、すべての日本人が知るべきことだ」(略)
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— 都立高教材にマッカーサー証言1 - ほそかわ・かずひこの BLOG
都立高教材にマッカーサー証言2 - ほそかわ・かずひこの BLOG
プログラミング言語とは、それ自体は無意味なものである。ある一定の一貫した規則に従って解釈した結果、これまたそれ自体では無意味な結果を出す。つまり、プログラミングの素質は、構築したメンタルモデルを、ブレずに一貫して適用できるかどうかにかかっているようだ。
無意味な文脈から一貫した規則を形成して適用できる人間は、プログラミングの素質がある。無意味な文脈から多くの規則を生成してバラバラに適用する人間は、プログラミングを学ぶのが難しい。白紙回答した人間は、無意味な文脈に対して規則を生成することを拒否する人間である。この種類の人間も、プログラミングを学ぶのは難しい。
一貫していないグループと空欄グループにプログラミングを教育するのは難しい。教育の結果、プログラミングを規則ある系であると諭すことは可能であるかもしれないが、難しい。
"Chenは「Googleに決めた理由は主としてCEOのEric Schmidtと話し合った結果だ」と語った。Schmidtは「きみたちが無数のユーザーを満足させ、無数のコンテンツを提供できるなら、われわれは無制限の資源を提供する。世界中のGoogleのリソースのどれでも選んで好きなように使ってよい」と約束した。
「次の1年、われわれがあれをやりたい、これが欲しいといえばそれはたちどころにかなえられた。われわれような20代の若者に全幅の信頼を置いてYouTubeの運営をまかせてくれたEricの度胸はたいしたものだ」とChenは回想した。
"Chenはデニーズでモツァレラ・スティックを頼んだという。"
— Twitter / @bulkneets (via wideangle)
(via mitaimon)

